このブログのタイトルが戦争肯定に繋がるというご指摘を受けました。
このブログのタイトルが真珠湾攻撃後の『トラトラトラ、ワレキシュウニセイコウセリ』からもじっているのは確かな話です。ですがこのタイトルには何の意味もなく軽い気持ちでつけております。このタイトルを見て戦争を経験された方々が不愉快な思いをされたのであれば謝ります。言い訳も致しません。
ブログのタイトルを変更するのは至って容易な事ですが、このタイトル名で色々な所に登録をしているため、変更をすると登録まで修正する必要が出てきますのでタイトル修正まではする気はございません。どうしてもこのブログのタイトルが琴線に引っかかる方が多く居られる状態である事が判明すればブログ自体を閉鎖しようと思います。
ここから先は私の戦争に対する考えです。
私はどんな理由があろうと戦争については反対します。戦争とは単なる人の殺し合いです。人に殺されるのはいやですし人を殺すのもいやです。その場になってみないとわかりませんが、自分が殺されそうな状況に陥っていたとしても相手を殺してまで生き延びようとはしないでしょう。理性が飛んでしまっているような錯乱状態ならば話は別でしょうが・・・
ただ戦争を完全に否定しているかと言えば極一部分については肯定している自分もいます。まともな国であれば日本に戦争は仕掛けてこないでしょう。でもまともと思えない国はまだ存在しますよね。その国が攻めてきたらどうしますか!?何もしないで殺されますか!?攻めてくれば確実に何人かは犠牲になりますよ。自衛だ防衛だという言葉は平和な時に使える言葉で、攻めてこられてそれを迎え撃った時点で殺し合いの始まりなのです。
国は力では決して治める事は出来ません。力で物を言わせば必ずどこかで反乱が起きます。これは武力であろうと金力であろうと結果は同じです。人を治めるには心以外では方法がないのです。こういう簡単な理屈が理解できない実質上の国家元首を構える国が日本の近くにありますよね。自分達の国政が間違っている事は自分が一番気づいているでしょう。でも国際的には幼稚な主張を繰り返す変な国です。
そういう国が戦争を仕掛けてきた場合は私は抵抗する、すなわち戦争になる事を否定は致しません。なぜにそんな変わった国の攻撃をわざわざくらって犠牲を出す必要があるのでしょうか!?もちろん相手方の国に攻め入るのは反対です。あくまで攻撃してくる相手を撃退するのみです。でも相手方の兵士に犠牲者が伴いますよね。でも相手方に犠牲が出る戦争であってもこの戦争ならば私は反対はいたしません。ですから私は正確に言えば戦争肯定者と言えるかもしれませんね。
- 2007/07/23(月) 21:36:26|
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